地域の木と技術を次世代へつなぐ、新たな「家守り」の挑戦―
相羽建設で設計に携わる樋口美早紀さんは、同社で初めて「現場監督」を経て「設計士」へと転身した経歴の持ち主。実家は東京都西多摩郡日の出町の材木屋。木の香りと木材加工の機械の音に囲まれて育った彼女が、なぜ工務店の門を叩き、故郷での新たなプロジェクトに情熱を注ごうとしているのか。

材木屋の孫として、木の「誇り」を胸に
東京都西多摩郡日の出町。かつて林業や製材業で栄えた東京の西の町で、樋口さんは生まれ育った。祖父が創業し、父が継いだ材木屋の工場は、幼い彼女にとって遊び場のような存在だったそうだ。
「お休みの日や帰宅後に工場の隅で木を加工しているところを眺めている……そんな距離感でした」。
木の香りを胸いっぱいに吸い込みながら、木材がどのように切り出され、加工されるのかを間近で見てきた樋口さん。小学校高学年の頃、父に連れられて行った建築現場での記憶が、彼女の原点となっている。
「父が『材木屋は家を建てるためのすごく大事な一員なんだ』と言ったんです。それまで機械が動いているだけの場所だった工場が、急に誇りある仕事の場所に変わりました」。
しかし、時代の流れとともに実家の製材業は衰退。実家の仕事をそのまま継ぐことのハードルの高さを感じつつも、「木を使う仕事を何らかの形で残したい」という漠然とした想いは消えなかった。

「監督でもやります!!」 衝動が導いたものづくりの最前線
大学・大学院では、木造建築の第一人者である大橋好三先生のもとで木構造について学んだ。
幼少の頃から本が好きだったので図書館司書になりたいとも思ったそうだが、理系の勉強が得意だったこともあり、建築の道へ進むことを決意。しかし、入学してみると大学の雰囲気に気後れすることもあったという。
「他の同級生は建築家や建築作品について詳しくて、私は全くそういった知識がなかったので本当にここに居ていいのかなと思うこともありました。ただ、なんとなく木と関わる仕事がしたいという気持ちがあったので、大橋先生の研究室に入ることを目指して勉強をしていました」。
「構造計算などの勉強は正直、苦手でした」という樋口さん。ただ、大橋先生と共に古民家の調査を行ったり、様々な企業の話を聞く機会に恵まれ、非常に刺激的な日々を過ごしたそうだ。
そして、そうした日々を過ごすなかで、運命の出会いを果たす。
「同級生が迷いもなく設計者の道を進もうとしているなかで、将来に対する漠然とした違和感がありました」。
将来への違和感を抱え悶々とした日々を送っていた時、相羽建設の社長、相羽健太郎氏の言葉に触れる。
「完成品をただ使うのではなく、木を使い自分たちの手を加えて、ものづくりをする。その姿勢に強く惹かれました」。
この会社の仲間になりたい。一緒にものづくりをしたい―。
そう思い、相羽社長に直談判しましたが、その時、設計職の募集はありませんでした。しかし、どうしてもこの会社に入りたいという衝動が、彼女を動かす。
相羽社長から「監督の職なら募集しているけど」という言葉を聞くと、「監督でもやります」と即答したという。
設計者ではなく、現場監督としての樋口さんの日々が動き出す。
2回の「踏ん張り」で見えてきた、調整役の醍醐味
現場監督の現実はハードだ。何十人もの職人と向き合い、図面通りに、かつ期間内に収める責任。時には怒鳴り声が飛び交う現場で、職人と設計者の板挟みになる孤独も経験したという。
「自分の中でルールを決めていました。2回までは全力で踏ん張る。3回目にダメだったらその時考えよう、と。でも、不思議と3回目は来なかったんです(笑)」。
経験を積むうちに、単なる「連絡係」ではなく、設計者の意図と職人の技術を繋ぐ「提案」ができるようになっていく。自分が描いた納まりの図が、現場の課題を解決し、形になる。徐々に監督という仕事のクリエイティビティを見出していく。
現場監督として5年ほどの経験を積んだ後に、設計も手掛けるようになる。監督として現場の職人さんの様々な意見を聞き、技を間近で見てきた経験は、設計という仕事に対する向き合い方にも影響を及ぼす。
「現場を知っているからこそ、設計を担うようになった今、職人さんも、申請先の担当者も、社内のスタッフも誰もが心地よく動ける準備を大事にできるようになりました」。

自邸という名のモデルケース。夫と紡ぐ「手刻み」の家
現在、樋口さんは西多摩暮らしの魅力を伝える「樋口木材プロジェクト」のリーダーとして、故郷の暮らしを再定義する活動に注力しています。その象徴が、東京都あきる野市に建てた自邸。
「実家に眠っていた多摩地域の材を、社員大工である夫が『手刻み』で加工しました。自分たちで設計し、管理し、木を刻んで建てる。これほど贅沢でわがままなものづくりはありません」。

かつての材木屋の孫が、今は設計士として、自らの手で地域の木に新しい命を吹き込んでいる。その家は、単なる住居ではなく、西多摩で豊かな暮らしを送るための生きた「モデル」となる可能性を秘めている。
「西多摩は、街への出やすさと豊かな自然が共存する『いいとこ取り』ができる場所。ここで地場産業を軸にした豊かな暮らしを描き、3年後、5年後には、あちこちに私たちの関わった暮らしが広がっている。そんな未来をつくっていきたいですね」。

取材の最後、母として、設計士として多忙な日々を送る彼女に、今の働き方について尋ねると、「毎日へこたれながらですよ」と笑って答えてくれた。しかし、その言葉とは裏腹に、樋口さんの笑顔には“しなやかな強さ”が宿っているように感じた。
実家の工場で見た多摩地域の材を扱う材木屋としての誇りと、現場で培った強さは、ものづくりと暮らしづくりにこだわる“現場発想型”の設計者を誕生させようとしている。

取材協力
相羽建設株式会社
ホームページ:https://aibaeco.co.jp/
